(出典:michaelcorcoran)
ゴスペル黎明期の重要な盲目シンガー兼ピアニスト
アリゾナ・ドレーンズとは
◯1891年テキサス州シャーマン生まれ
◯生まれつき盲目で10代からピアノを習い、ラグタイムやバレルハウスピアノを弾くようになる。
◯ゴスペルに独自のピアノスタイルを取り入れ、後のピアニストたちに大きな影響力を持った。
曲紹介
「It’s All Right Now(1926年)」アリゾナ・ドレーンズによるピアノの弾き語り。一人でやっているのになんだろうこのパワーは。ピアノの伴奏も激しいが、その歌声はなんともエネルギッシュである。妙に巻き舌なのもカッコいいし、まあ今のミュージシャンにはこんなパワフルな演奏はほぼ出来ないであろう。
「Crucifixion(1926年)」曲のタイトルは「磔(はりつけ)」。なんともヘヴィーなタイトルで奥が深すぎるテーマなのでその内容についてはここではやめておく。ただ、曲の方はピアノのインストである。一聴するとラグタイムピアノのような感じではあるが、アリゾナ・ドレーンズのピアノにはバレルハウスやブルースの要素が強く入っていて、後にビッグネームとなるレイ・チャールズやジェリー・リー・ルイスなどにかなりの影響を与えている。
「Lamb’s Blood Has Washed Me Clean(1927年)」Rev. F.W. McGee(F.W.マクギー)とJubilee Singers(ジュビリー・シンガーズ)との共作。アリゾナ・ドレーンズのピアノとリード・ヴォーカルとジュビリー・シンガーズのコーラスの掛け合いで、とても層のある分厚い音になっていて迫力がある。
「I Shall Wear a Crown(1928年)」この1928年のレコーディングではマンドリンが入っていて、ここではダラス・ストリング・バンドのコーリー・ジョーンズが弾いていた可能性が高そうだ。この曲でももちろんパワフルなヴォーカルは健在である。
「He Is My Story(1928年)」こちらは後のアルバムのタイトルにもなった代表曲で、覚えやすいサビが印象的だ。ここでもマンドリンが入ってて良いアクセントになっている。この合唱はまさにゴスペルの原型とも言えるような力強いコーラスワークである。
(出典:Discogs)
アリゾナ・ドレーンズはゴスペルの原型を作り、後のミュージシャンたちへ与えた影響力を考えると、かなり重要な存在である。
生まれつき盲目で、10代からピアノを習っていたドレーンズは30代でCOGIC(キリストの神の教会)に入り、教会音楽にピアノの伴奏を付けて弾くようになった。教会では元々アカペラで賛美歌が歌われていたが、ドレーンズのピアノにより革命的な音楽へと変わっていった。彼女は今までに自分が吸収していたラグタイムやブギー、バレルハウスジャズの要素を教会音楽に持ち込んだのである。
その後シカゴへ行き、35歳くらいで女性としては初めてのプロゴスペルミュージシャンの一人としてレコーディングを行った。メインの活動は宣教師としてアメリカ南部のバイブルベルトのCOGICを回ることで、その合間にOkehレーベルで録音をした。
残っている音源として、レコーディング自体は1928年(30代後半)でストップしているが、その後も各地でその独自のゴスペルスタイルを披露し、たくさんのレジェンドたちに影響を与えた。ロベルタ・マーティンやマヘリア・ジャクソン、クララ・ウォードやシスター・ロゼッタ・サープ、そのピアノスタイルはリトル・リチャードやレイ・チャールズ、ジェリー・リー・ルイスなど、その後のブラック・ミュージックを代表するようなメンツにリスペクトされるほど偉大だったのである。