ゴスペル(Gospel)
- 1 アフリカ系アメリカ人が生み出した希望の音楽 ゴスペル
- 2 ゴスペルの変遷とミュージシャンたち
- 2.1 黒人霊歌からゴスペルへ
- 2.1.1 《1890年〜1920年》
- 2.1.2 《1920年代〜》
- 2.1.2.1 ・【Washington “Wash” Phillips (ワシントン・フィリップス)】
- 2.1.2.2 ・【Thomas A. Dorsey(トーマス・A・ドーシー)】
- 2.1.2.3 ・【Sallie Martin(サリー・マーティン)】
- 2.1.2.4 ・【Blind Willie Johnson(ブラインド・ウィリー・ジョンソン)】
- 2.1.2.5 ・【Reverend Gary Davis(レヴァランド・ゲイリー・デイビス)】
- 2.1.2.6 ・【Norfolk Jazz & Jubilee Quartet(ノーフォーク・ジャズ&ジュビリー・カルテット)】
- 2.1.2.7 ・【Reverend J.M. Gates (ジェームズ・M・ゲイツ牧師)】
- 2.1.2.8 ・【Pace Jubilee Singers(ペース・ジュビリー・シンガーズ)】
- 2.1.2.9 ・【Rev. F.W. McGhee(フォード・ワシントン・マギー牧師)】
- 2.1.2.10 ・【A. C. and Mamie Forehand(A. C.フォアハンド&マミーフォアハンド)】
- 2.1.2.11 ・【Arizona Dranes(アリゾナ・ドレーンズ)】
- 2.1.2.12 ・【Alfred Karnes(アルフレッド・カーンズ)】
- 2.1.2.13 ・【Deacon A. Wilson(ディーコン・A・ウィルソン)】
- 2.1.2.14 ・【Rev.J.C.Burnett(J・C・バーネット牧師)】
- 2.1.2.15 ・【 Ernest Phipps (アーネスト・フィップス)】
- 2.1.3 《1930年〜1950年》
- 2.1.3.1 ・【Mahalia Jackson(マヘリア・ジャクソン)】
- 2.1.3.2 ・【The Dixie Hummingbirds(ザ・ディキシー・ハミングバーズ)】
- 2.1.3.3 ・【The Soul Stirrers(ザ・ソウル・スターラーズ)】
- 2.1.3.4 ・【Sister Rosetta Tharpe(シスター・ロゼッタ・サープ)】
- 2.1.3.5 ・【James Cleveland(ジェームス・クリーブランド)】
- 2.1.3.6 ・【Clara Ward(クララ・ウォード)】
- 2.1.3.7 ・【THE FIVE BLIND BOYS OF ALABAMA(ファイブ・ブラインド・ボーイズ・オブ・アラバマ】
- 2.1.3.8 ・【The Caravans(ザ・キャラバンズ)】
- 2.1.3.9 ・【Shirley Caesar(シャーリー・シーザー)】
- 2.1.3.10 ・【Johnnie Taylor(ジョニー・テイラー)】
- 2.1.3.11 ・【Staple Singers(ステイプル・シンガーズ)】
- 2.1 黒人霊歌からゴスペルへ
アフリカ系アメリカ人が生み出した希望の音楽 ゴスペル
「ゴスペル」というとどんなイメージをお持ちだろうか?
一見とてもパワフルで感情的に歌い上げ、大人数で盛り上がったり、ハンド・クラッピング(手拍子)をしたり足を鳴らしたり、時には踊ったりと、結構派手にパフォーマンスをするようなイメージがあるかもしれない。
もちろんそれらは当たっているし、なにかとてつもないようなエネルギーを感じて、聴く側にも元気をくれるような、そんな素晴らしい音楽である。
しかしハッキリ言って、僕などの生粋の日本人にとってはわかりにくいジャンルであることは事実だ。それは”差別の歴史→宗教観”というものを心底理解するのが難しいからでもある。
その歴史をたどっていくと、アフリカン・アメリカンと呼ばれる黒人たちの辛く、悲しい過去の迫害にたどり着く。現代の日本という国に生まれ育った僕らからすればあまりにも理不尽なひどい歴史。
このルーツ・ミュージックというサイトでは、そんなアフリカ系アメリカ人の差別の話と音楽との関係を抜きには語れない。特に「ブルース」はそのやりきれなさを表現する代表ジャンルとして挙げられる。
ただ、「ゴスペル」に関して言うと、それは ”希望の音楽” なのである。
「ブルースは絶望を歌うけど、ゴスペルは希望の歌なのよ」
《マヘリア・ジャクソン》
そう、当時のアフリカ系アメリカ人にとって、ブルースとゴスペルは紙一重であり、また行ったり来たりするようなものであったのかもしれない。
解釈によって、また自分の運命や人生に対しての捉え方、考え方にも大きく影響を及ぼし、日々の苦痛の中にいながら、時には逃げ出したくもなり、時には自分に与えられた試練だと前向きに捉えながら、彼らはそのエネルギーや感情を音楽にぶつけてきた。
実際、僕たちがブルースやゴスペルを聴くと圧倒されたり、感情移入したり、心を揺さぶられるのは人間の中にあるDNAなのか魂なのか精神なのか何かはわからないが、共通するものがあるからなのであろう。
まさに”音楽は国境を超える”というのはそういうことなのかもしれない。
また、ゴスペルもルーツ・ミュージックとして、その後多くのジャンルやミュージシャンに計り知れない影響を与えてきたことを付け加えておく。
特にR&Bやソウル系には顕著で、シンガーに関してはモロに影響されているし、ジャンルを越えてクロスオーバーしていることが普通となっている。
また、今のポピュラー・ミュージックにもすっかり根付いた感があって、多くのヒットチャート・ミュージックにもしっかりとその影響がうかがえる。
そんなルーツの中のルーツとも言うべきゴスペルについて詳しく見ていきたいと思う。
そもそもゴスペルとは?
★ゴスペルとは福音のこと
「福音」=良い知らせ
※ギリシャ語でエヴァンゲリオン
福音書=新約聖書にある4つの福音書のこと・・・ジーザス(イエス・キリスト)を讃える
good spell→「ゴスペル(gospel)」
つまり、わかりやすく言うと「プロテスタントの宗教音楽」である。
それに対して、ブルースはネガティブな歌(絶望)が多い。
また、ゴスペルはシンプルに最も感情を表に出す音楽と言われているが、確かに日常のリアルな苦痛からとにかく解放を信じて歌い続けるという行為は、切羽詰まった切実な心からの叫びであったことは想像ができる。
※19世紀から南部の諸州で施行された人種差別法である『ジム・クロウ法』により、1930年以降に「ブラック・ゴスペル」と「ホワイト・ゴスペル」に分断されることになる。 → 一般的なゴスペルは「ブラック・ゴスペル」のことを言い、賛美歌や聖歌を「ホワイト・ゴスペル」と言う。また、ホワイトは『コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック 』とも言う。
その演奏スタイルとしては大きくは3つのタイプになる。
②ソロイスト・・・リードシンガーの独唱スタイル(女性に多い)
③カルテット・・・混合パートスタイル(リード、テナー、バリトン、ベースの4パートからなり、男性グループが多い)
ゴスペルの起源
ゴスペルをより理解しようとすれば、その起源から成り立った流れを知る必要があると思う。
17世紀に奴隷としてアメリカに連れてこられたアフリカ人(黒人)たちは、白人たちに彼らの持っていた言語や宗教を奪われてしまう。そして、そんな自由を奪われ、日々の過酷な強制労働をさせられる中、唯一何かにすがれる可能性のあるものが、白人が信仰していたキリスト教に出会ったことであった。
それから黒人たちはキリスト教(特にプロテスタント)へ改宗していった。そして主人である白人の目を盗んでは、こっそりと集まって集会をして神に祈り続けた。
白人たちが歌っていた賛美歌や宗教歌、クラシックなどの影響を受け、黒人たちは独自に宗教的な歌を作り始めていくようになる。
そして長い年月をかけながらそれらは融合されていくのだが、奴隷として連れてこられたアフリカ系アメリカ人たちは、元来アフリカのヴードゥーが身に染み付いている。それは「歌」と「踊り」が切り離せないアフリカの土着文化でもある。
そしてその過程で発生した「黒人霊歌(ニグロ・スピリチュアル)」というものが作られていった。
19世紀に南北戦争が終わり、奴隷制度が廃止されたことによってアメリカではアフリカ系アメリカ人の教育や再発見が行われるようになる。その一環として、テネシー州ナッシュビルに歴史上初めての黒人大学(フィスク大学)を設立した。
南北戦争が終わったとはいえ、黒人差別が残る特に南部地方から北部やカナダへ黒人を逃亡させる組織があり、それを「地下鉄道(秘密結社)」と呼んだ。「地下鉄道」はたくさんの黒人たちの北部への逃亡を助け、黒人たちは北部のオハイオ川を越えれば ”約束の地”があると考え、神に祈り続けた。
※約束の地・・・旧約聖書に出てくる夢、希望、慰安を約束された場所
フィスク大学は創立5年で財政難に陥ってしまい、その状況をなんとかするために黒人学生だけの合唱団である【フィスク・ジュビリー・シンガーズ】というアカペラのコーラスグループを作って資金集めを行うようになる。
グループは「地下鉄道」を使い、北米を中心に世界巡業をした結果、黒人のアカペラ歌唱力を世界中に知らせていくことになる。このようなコーラスグループを、”ジュビリー・コーラス”と呼んだ。
そして度重なる巡業によってフィスク大学は持ち直すのであった。彼らは主に黒人霊歌を歌った。
【Fisk Jubilee Singers(フィスク・ジュビリー・シンガーズ)】
「Swing Low Sweet Chariot(1909年)」
よくもまあこんな音源が残っているなと言わんばかりの1909年録音。この曲の最古の録音のようだ。黒人霊歌とは、ほとんどはこのようにアカペラで楽器などは入っていないが、ここからゴスペルへと変化していく。
内容は聖書に関する比喩などがあって少し複雑だが、苦しい思いをした奴隷たちの希望の歌である。
その後この曲はゴスペルを始め、あらゆるジャンルでもカバーされスタンダードな曲となっていった。
また、ラグビーのイングランドチームの応援歌としても有名で、以前イングランド代表の黒人選手が活躍したところから、この曲が歌い始められたらしい。
《フィスク・ジュビリー・シンガーズのその他の代表曲》
・「When I Was Sinkin’ Down」
・「Nobody knows the trouble I’ve seen」
そして1920年代頃、そんな黒人霊歌に白人の教会音楽や伝統音楽と黒人のブルース(悪魔の音楽)やリズム(手拍子や足を鳴らす)が融合されてゴスペルとなったという説が高い。
ゴスペルの有名曲
ゴスペルというジャンルも、スタンダードというべき有名な曲が多い。つまり、同じ曲をいろんなミュージシャンがカバーしたり、アレンジしたりして各々の個性を出して表現することが多いジャンルである。
当然後から出てきたミュージシャンが先人をリスペクトしてカバーもする。だから、そのミュージシャンによってまた違った個性が聴けるというのも醍醐味である。
ここでは、一般的に有名な曲を中心に紹介してみよう。元は賛美歌やクラシックであるものも多い。
※あくまでルーツ・ミュージックとして挙げているので、最近の曲は入れていない。
「Amazing Grace」
英国牧師のジョン・ニュートンという奴隷貿易時代の奴隷売買の船長が作詞した賛美歌。曲はヨーロッパの伝統民謡と言われており、アパラチア地方からアメリカ全土へ伝えられていった。
ゴスペルと言えばコレ!というくらいに有名な曲。そこら中でよく聴く名曲である。
「Stand By Me」
曲名を聴くと、大抵の人はあのベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー(1961年)」を思いつくかと思う。When The Nights Has Come〜 の歌い出しのあの有名なスタンド・バイ・ミーである。20世紀の始め頃に作られたので、これがゴスペル最初の曲かとも言われている。
しかしこの曲は実はもっと古くに原曲があって、黒人霊歌である。作者はアフリカ系アメリカ人で、南北戦争後に苦労して牧師になったチャールズ・ティンドレイという人物。彼は他にも後に有名になる賛美歌を作曲していて、ゴスペルの創始者の一人とも言われている。
ベン・E・キングのバージョンとはかなり違うが、歌詞の内容はティンドレイの方が重く、黒人たちの苦悩が感じられる。
「When the Saints Go Marching In(聖者の行進)」
こちらも超有名なジャズのスタンダードにもなっている曲。世間的にはブラスバンドやパレードなど至るところで聴くかと思うが、有名にしたのはサッチモことルイ・アームストロングである。
ノリのいい曲なのでゴスペルというと意外かもしれないが、歌詞の内容が奴隷としての苦痛から逃れて幸せな天国へ行けるといった内容になっている。ニューオリンズのあるルイジアナ州では葬儀の時によく歌われる曲のようである。
「Precious Lord,Take My hands」
ゴスペルの父と呼ばれるトーマス・A・ドーシーの作詞。曲は古くからある賛美歌からの引用である。数多くのミュージシャンがカバーしており、あのキング牧師のお気に入りの曲でもあった。その後黒人運動の代表的な曲となった。
「Oh Happy Day」
元は賛美歌の曲で、最初のリリースは1967年と少し遅めの曲。1993年の映画「天使にラブソングを2」で有名になり、その後いろんなアレンジでカバーされるようになった。
「Michael, Row the Boat Ashore(漕げよ、マイケル)」
小中学校の音楽の授業で習ったことがあるかもしれないくらい有名な曲だが、黒人霊歌である。奴隷たちがボートを漕ぎながら歌っていたのが原型らしい。この曲はピート・シーガーなどのフォーク系でのカバーも多く、ポピュラーで有名な曲になった。
ゴスペルの変遷とミュージシャンたち
ゴスペルというジャンルはなかなかひと括りにするのが難しい。というのも、他のジャンルとかなりクロスオーバーしていて、「福音」や「賛美歌」という歌詞や精神にこだわるのであれば、音はあまり関係なくなってしまうからである。
例えばカントリーやフォークでもゴスペルのカバーや宗教的な歌があるし、R&Bやソウルに至ってはそのままゴスペルから派生しているようなものも多い。
演奏形態に関しても、楽器による伴奏が入るものもあれば、アカペラコーラスだけという「カルテット」というタイプもある。さらに「サーモン」という説教を基にしたコール&レスポンスなどもあって、どれもゴスペルというものは基本的に歌の中身次第なのである。
また、アメリカという国は多くの人が幼少期から教会でネイティブなゴスペルに慣れ親しんでいる習慣があるので、コンポーザーとシンガーという二極から見ていく必要性もあるのだと思っている。
というわけで、あくまでそこは個人的な感覚になるが、特に音楽的な視点を重視して見ていこう。
※以下《ミュージシャン名》はクリックすると個別ページあります。
黒人霊歌からゴスペルへ
《1890年〜1920年》
50万〜100万人ほどの黒人が南部から北部へ移動してきた。この頃はジャンルとしてのゴスペルはまだ誕生していないが、ジュビリー・コーラスの形態でのグループは存在している。
主なミュージシャン
・【Fisk Jubilee Singers(フィスク・ジュビリー・シンガーズ)】
※(先述済)
・【Dinwiddie Colored Quartette(ディンウィディー・カラー・カルテット)】
《1920年代〜》
シカゴのバプティスト教会でトーマス・A・ドーシーらによって、黒人霊歌とブルースやラグタイムが掛け合わされていく。オルガンやピアノ伴奏にリズムが加わり、”ゴスペル”と呼ぶようになっていった。ここでは、ゴスペルの黎明期に出てきたミュージシャンを中心にご紹介したい。
また、この頃の特徴としては「サーモン」という牧師の説教と会衆の合唱を合わせた形態や、ギターの弾き語りスタイルの「エヴァンジェリスト」なども多い。
・【Washington “Wash” Phillips (ワシントン・フィリップス)】
・【Thomas A. Dorsey(トーマス・A・ドーシー)】
・【Sallie Martin(サリー・マーティン)】
・【Blind Willie Johnson(ブラインド・ウィリー・ジョンソン)】
・【Reverend Gary Davis(レヴァランド・ゲイリー・デイビス)】
その他のミュージシャン
・【Norfolk Jazz & Jubilee Quartet(ノーフォーク・ジャズ&ジュビリー・カルテット)】
・【Reverend J.M. Gates (ジェームズ・M・ゲイツ牧師)】
・【Pace Jubilee Singers(ペース・ジュビリー・シンガーズ)】
・【Rev. F.W. McGhee(フォード・ワシントン・マギー牧師)】
・【A. C. and Mamie Forehand(A. C.フォアハンド&マミーフォアハンド)】
・【Arizona Dranes(アリゾナ・ドレーンズ)】
・【Alfred Karnes(アルフレッド・カーンズ)】
・【Deacon A. Wilson(ディーコン・A・ウィルソン)】
・【Rev.J.C.Burnett(J・C・バーネット牧師)】
・【 Ernest Phipps (アーネスト・フィップス)】
《1930年〜1950年》
一般的にゴスペルの黄金時代というのは戦後の数年間と言われているので、この期間に入る。たくさんのソロイストのシンガーやカルテットが生まれた最高の時代だから、当然重要なミュージシャンも多い。
・【Mahalia Jackson(マヘリア・ジャクソン)】
・【The Dixie Hummingbirds(ザ・ディキシー・ハミングバーズ)】
・【The Soul Stirrers(ザ・ソウル・スターラーズ)】
・【Sister Rosetta Tharpe(シスター・ロゼッタ・サープ)】
・【James Cleveland(ジェームス・クリーブランド)】
・【Clara Ward(クララ・ウォード)】
・【THE FIVE BLIND BOYS OF ALABAMA(ファイブ・ブラインド・ボーイズ・オブ・アラバマ】
・【The Caravans(ザ・キャラバンズ)】
・【Shirley Caesar(シャーリー・シーザー)】
・【Johnnie Taylor(ジョニー・テイラー)】
・【Staple Singers(ステイプル・シンガーズ)】